大学の一般入試って、本当に大変なんですよ。これはもう、やった人にしかわからない。弱肉強食の世界。
でも、その一連の経験がない親御さんにそれを伝えるのが、まあ本当に難しいんです。中学入試の経験は私はないためわからないけれど、どうしても大学の一般入試を「高校入試の専願」と同じように見られてしまう。「まだ模試の点が上がらないの?」「もっと勉強すれば?」――そう言いたくなる気持ちもわかるけど、現実はそんな単純じゃない。
大学入試は、範囲の広さも、情報の多さも、自己管理の難しさも、桁違いです。“努力してるのに結果が出ない”という焦りを、本人はずっと抱えている。でも、その重みは体験してない人にはなかなか伝わらないんですよね。
「勉強量が足りない」とは、簡単に言えない
家庭教師をしていると、「いや、正直言って勉強量が足りないな」と思うことがあります。でも、それをド直球で言うと、モチベーションが下がってしまう。場合によっては「責められた」と受け取られて、信頼関係が崩れることもある。
かといって、何も言わなければ結果は出ない。その“按配”が本当に難しい。だから毎回、言葉を選ぶ。生徒と親御さんの温度差の中で、どこまで本音を伝えるかが葛藤です。
VRで「受験生の一日」を体感できたら
よく思うんです。「その人の痛みとか苦労とか、その労力を体感できる仮想現実(VR)や拡張現実(AR)や複合現実(MR)」、そんなシステムがあればいいのにって。
もし保護者がVRで“受験生の1日”を体験できたら――朝から夜までの勉強、模試の結果に落ち込む瞬間、SNSの誘惑との戦い、そして合格発表前のあの胃が締めつけられるような不安。それを少しでも感じられたら、「頑張りなさい」よりも「ここまで頑張ってるね」と言える親が増えると思うんです。
そして、見えない「生きづらさ」も
さらに言うと、これは受験だけの話ではありません。発達障害や精神疾患を抱えている方たちの苦労も、同じように「体感しないとわからない」部分が多いんです。
例えば、
- 注意がそれる、集中できない
- 音や光に過敏に反応してしまう
- 人との距離感をつかむのが難しい
- 不安や緊張で体が動かなくなる
頭では理解していても、実際にどんな“しんどさ”なのかは想像しづらい。でも、もしVRでそれを体験できたらどうでしょう。
- 多動の子の「頭の中が常に動いている感じ」
- 不安障害の子が人前に立つときの息苦しさ
- ASDの子が雑音の中で話を聞くときの疲労感
そんな「見えない世界」を保護者や先生が感じ取れたら、理解や支援の仕方は確実に変わると思うんです。
共感の教育へ
教育は、知識を教えるだけじゃなく、その人の「感じ方」や「世界の見え方」に近づくことでもある。
もし仮想現実(VR)や拡張現実(AR)や複合現実(MR)の力で、受験の苦労や発達障害、メンタル疾患のしんどさを疑似体験できる時代が来たら――それは“共感教育”の始まりだと思います。
教える・指導する・見守る、そのすべてが、もっと優しく、もっと現実的に変わっていくはずです。
そんな未来、本気で待っています。
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