「勉強は得意だったけれど、社会に出てから何をすべきか分からなくなった」
そんな風に、世間体や偏差値に縛られて「右往左往」した経験はありませんか?
幕末の思想家・吉田松陰は、理屈だけの空論を嫌い、実践の中で役立つ才能を磨く「実材実能(じつざいじつのう)」を重んじました。
松陰は理屈に走って実情に疎い観念論をきらい、学問・勉学においても実践をふまえて実務を処理する才能を身につける実材実能を重んじました。
出典:『人はなぜ勉強するのか 千秋の人 吉田松陰』 著:岩橋文吉
現在28歳の私も、多くの挫折を経てようやくこの言葉の真意に辿り着きました。本記事では、暗記中心の優等生だった私が、いかにして「ありのままの自分」を受け入れ、創造する楽しさを見出したのかをお伝えします。
目次
偏差値に縛られた10年間と、社会での挫折
学生時代の私は、成績は比較的良い方でした。しかし、今振り返ればそれは単なる暗記力の賜物に過ぎませんでした。「何を覚えるか」には長けていても、「その知識を使って何をすべきか、どう動くべきか」を考える力が欠落していたのです。
大学卒業後、社会の荒波の中で経験したのは、理想と現実のギャップによる苦労でした。世間体や数字を追い求めるほど、自分自身の「ありのまま」から遠ざかり、行き止まりにぶつかる日々が続きました。
「ありのまま」を振り返って見つけた自分の原点
昨今、自分らしく生きることが重要視されていますが、私も紆余曲折を経て「いかに、ありのままでいられるか」が人生の鍵であるという結論に至りました。過去の自分をフラットに見つめ直すと、実はいくつもの「創造の芽」が隠れていたことに気づきました。
- 独自の視点: 周囲とは違う角度から物事を捉える癖があったこと。
- 実践的なリーダーシップ: 小学生時代、未経験ながらもサッカーのトレーニングメニューを次々と考案し、評価された経験。
- 「発想」への評価: 技術的には未熟だった美術で、通知表に「発想が面白い」と書かれたこと。
- クリエイティブな表現: 独自のニックネームをつけたり、擬音を多用して伝えることが好きだったこと。
これらの共通点は、「自ら考え、形にし、伝えること」でした。私が本当に好きだったのは、決められた正解を出すことではなく、何かを創造することだったのです。
これからの時代に求められる「発想力」のトレーニング
今の時代、AIの進化も含め、これまで以上に「自ら問いを立て、発想する力」が問われています。秋草孝氏の著書『見えるアイデア』では、発想力について次のような指針が示されています。
- 「諦める意識」を捨てる: 自分には向いていないと感じるのは脳の癖。諦めこそが最大の敵。
- 脳のトレーニングを自覚する: 発想に必要な部位を動かす訓練は誰にでも必要。
- 理想を明確に描く: 「こうなりたい」というイメージを強く持つこと。
- 意欲を持ち続ける: アイデアを求める強い意識が、脳の拒絶を防ぐ。
- 当事者意識を持つ: 挫折の末に生まれたアイデアにこそ、本当の価値がある。
出典:『見えるアイデア』 著:秋草孝
依存せず、当事者意識を持って考え抜くこと。それこそが、松陰の説く「実材実能」への第一歩だと確信しています。
人はなぜ勉強するのか 千秋の人吉田松陰 [ 岩橋文吉 ]
【中古】 見えるアイデア ヴィジュアル・コミュニケーション・トレーニング塾/秋草孝【著】
これはコメントです。
コメントを削除するには、ログインして投稿編集画面でコメントを表示してください。編集または削除するオプションが用意されています。