「人はなぜ勉強するのか」。この問いに対し、幕末の思想家・吉田松陰の教えを記した著書『人はなぜ勉強するのか』では、次のように述べられています。
本当に大切なのは金の純度なのです。……人はその天与の制約を受容してその制約のもとに、精一杯を尽くして純金になろうと努めるのです。つまり、自分に授かった天性、天分をかけがえのない尊い持ち味としてこれを自覚し、その持ち味を卓越した状態にまで高め磨き上げてその輝きを発揮することこそ、純金になることではないでしょうか。
出典:『人はなぜ勉強するのか』 著:岩橋文吉
少し難しい表現ですが、ここでいう「金」とは物質的な金ではなく、一人ひとりが持つ「内なる輝き(才能)」のこと。今回は、この「純金になる」ための学びについて考えてみましょう。
「オリジナル」を見つけるアイデア学習
「自分には特別な才能なんてない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、それはあなたが悪いのではなく、日本の「横並び・平均」を求める教育環境の中で、自分の良さに気づく機会がなかっただけではないでしょうか。
以前の記事「「暗記教育」から「アイデア教育」へ。日本が今、アウトプット学習に舵を切るべき理由」でも触れましたが、考え方を柔らかくし、多角的な視点を持つことで、自分の「オリジナル」は見えてきます。アイデア学習は、自分の強みを再発見するための訓練でもあるのです。
「制約」を強みに変える発想の転換
松陰は「制約」という言葉を使いました。例えば、「数学が極端に苦手だ」という制約。その代わり、「絵を描くことなら誰にも負けない」「昆虫の知識が凄まじい」といった突出した個性があるなら、その強みを徹底的に伸ばすべきです。
今の社会において、苦手克服にすべての時間を費やすよりも、好きなことや得意なことを卓越した状態まで突き詰めるほうが、結果として社会や経済への貢献度は高まります。苦手なことの克服は、自分の武器を磨き上げた後から考えても遅くはありません。
万能であることも、一つの才能
一方で、何でも平均以上にこなせる「万能なタイプ」の方は、「自分には際立ったオリジナルがない」と悩みやすい傾向にあります。しかし、「平均的に何でもできる」ことも立派なオリジナルです。
突出した個性を持つ人々をまとめ、調和させる役割は、万能な方にしかできません。自分に「何もない」なんてことは絶対にありません。ただ、まだ自分の良さに気づいていなかったり、才能が眠っていたりするだけなのです。
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